プーチン大統領の若い頃から現在までの画像を比較!

ロシアのプーチン大統領は現在69歳、世界中で多くの注目を集めている人物です。

幼少期から現在までに、どのような変化を遂げてきたのでしょうか。

今回は、プーチン大統領の若い頃から現在までを、画像を比較して調査していきます!

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プーチン大統領の若い頃の画像!幼少期から大学時代まで

(引用元:HUFFPOST)

幼少期

幼少期のプーチン氏がこちらです。

(引用元:wikipedia)

小さい男の子がプーチン氏で、隣にいる女性が母親です。

幼少期から変わらない鋭い眼差しでこちらを見ていますね。

プーチン氏は、1952年にレニングラード(現サンクトペテルブルク)という場所で生まれました。

プーチン氏の両親が41歳のときに、3番目の息子として誕生します。

2人の兄は既に亡くなっており、1人っ子のように育てられたそうです。

父親は軍人で、戦後は鉄道車両工場で働いていました。

(引用元:wikipedia)

プーチン氏は、顏が母親似で、頑固で勤勉なところは父親に似ているようです。

また、家庭は裕福ではなく、少年時代は貧しい暮らしをしていたそうです。

小学校時代

小学校時代のプーチン氏がこちらです。

(引用元:HUFFPOST)

8、9歳頃に撮られた写真で、頬がぷっくりとした幼い顔つきです。

プーチン氏は、第193小学校という所に通っていました。

学校の教師によると、プーチン氏は頭の回転が速く、非常に賢い生徒だったようです。

一方で、かなりの問題児でもあり、プーチン氏も「相当な悪童だった」と振り返っているそうです。

しかし、小学6年生になると次第に変化していき、学校の成績は上がり、ピオネールに入団します。

MEMO
ピオネールとは?

10歳から15歳の児童の自主的な参加に基づく共産主義教育の組織。(引用元:コトバンク)

また、この時期にサンボと柔道を始めたようです。

柔道の師範と出会ったことがきっかけで、心を入れ替えたとも語っています。

また、プーチン氏は来日した際に、柔道を通しての交流も行ってきました。

(引用元:JIJI.COM)

2000年に来日した時には、黒帯の上位にあたる「講堂館柔道6段」を授与されたそうです。

中学時代

中学時代のプーチン氏がこちらです。

彫りが深く端正な顔立ちをしており、年齢よりも大人びて見えます。

(引用元:HUFFPOST)

プーチン氏は、化学の中等専門学校に入学しました。

中学3年生の時には映画のスパイに憧れ、KGBに就職したいと考えていたそうです。

プーチン氏は実際にKGB支部に赴き、就職する方法を職員から聞き出しました。

その職員に従い、以下の項目を守るようになります。

・KGBに自ら連絡してはいけない

・大学で法学部を専攻する

・言動や思想に問題があってはいけない

・スポーツの実績をつくる

プーチン氏は中学生の頃から、将来について具体的に考えていたようです。

少年時代から自分で考え、行動する力が備わっていたのですね。

高校時代

高校時代のプーチン氏がこちらです。

(引用元:JIJI.COM)

16,17歳頃の写真で、女性とダンスを踊っているところです。

大人びた雰囲気があり、微笑む横顔も美しいです。

大学時代

大学時代のプーチン氏がこちらです。

(引用元:JIJI.COM)

大学1年生の頃で、柔道の授業で同級生を投げ飛ばす様子です。

プーチン氏は、レニングラード国立大学に入学しました。

中学時代にKGB職員に教えられた通り、法学部を選択したそうです。

また、大学在学中も柔道にはしっかりと取り組んでいました。

そして、プーチン氏は大学卒業後、無事にKGBに就職することになります。

中学生の頃の夢を長年持ち続け、コツコツとスポーツや勉学に励んできました。

最終的に結果も出すことができ、やり切る精神がとても強いことがわかります。

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プーチン大統領はKGBでスパイ?

(引用元:RUSSIA BEYOND)

KGB時代

KGB時代のプーチン氏がこちらです。

(引用元:wikipedia)

KGBの制服を身にまとい、険しい眼差しが印象的です。

プーチン氏は、対諜報活動局に配属されます。

さらに、外国でも活動するため「KGB赤旗大学」で学びを得た後、東ドイツに派遣されました。

(引用元:wikipedia)

こちらは東ドイツ出発前に、両親と並んで撮った写真です。

一番右に座っているのがプーチン氏です。

プーチン大統領の家族は?

プーチン氏は、1983年にリュドミラ・プーチナさんと結婚しています。

(引用元:RUSSIA BEYOND)

2人は2013年に離婚したため、現在は夫婦関係ではありません。

また、プーチン氏には2人の娘がいます。

1985年に長女のマリアさん、1986年に次女のカテリーナさんが生まれました。

プーチン氏は娘達を溺愛しているそうです。

2人はプーチン氏が派遣されていた期間に誕生しており、当時は家族全員で東ドイツに住んでいたようです。

(引用元:BUSINESS INSIDER)

帰郷後

プーチン氏は、ドイツでの滞在を終え、故郷のレニングラードに帰ってきました。

プーチン氏が東ドイツを去る前、ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一されます。

当時の状況を、プーチン氏も実際に目にしていたそうです。

(引用元:日本経済新聞)

帰郷したプーチン氏は、母校であるレニングラード国立大学で学長補佐官として働いたそうです。

また、1990年にはKGBを辞め、政界へと足を踏み入れていきます。

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プーチン大統領は政界へ!

(引用元:AFP BB News)

首相職(1999年)

首相に就任した時期のプーチン氏がこちらです。

(引用元:wikipedia)

紛争の制圧の際には、腕を振るってイメージを高め、国民の支持を得ました。

また、記者会見では発言の下品さが話題になったそうです。

次期大統領候補として、プーチン氏は確実な力を見せつけていきました。

1期(2000年~2004年)

2000年、大統領に就任したプーチン氏がこちらです。

(引用元:BUSINESS INSIDER)

頬がシュッとしていて、若々しい印象がありますね。

「強いロシア」を目標に、様々な政策を打ち出していったプーチン氏。

実際にロシアの経済は活発になり、国民の支持は根強いものとなっていきました。

2期(2004年~2008年)

2期目の大統領就任を果たしたプーチン氏がこちらです。

(引用元:JIJI.COM)

大統領として様々な経験を経て、少し表情が柔らかくなったようにも見えます。

また、犬好きであるプーチン氏は、犬を前にすると口元が緩んでいる場面も多く見られます。

(引用元:スプートニク)

左に写っている犬は、秋田犬の「ゆめ」です。

東日本大震災後の支援に対するお礼として、2012年に秋田県からプーチン氏へ贈られました。

3期目・4期目(2012年~現在)

2期後に首相に就任していたプーチン氏は、2012年に再び大統領職へ再登板しました。

現在のプーチン氏がこちらです。

(引用元:JIJI.COM)

写真を見ると、頬のあたりが少しふっくらとしたように見えます。

大統領初期の頃と比べると、貫禄がつき、どっしりと構えるような印象が増しているようにも思えます。

表情や鋭い眼差しなど、雰囲気はあまり変わっていないようです。

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まとめ

今回は、プーチン大統領の若い頃から現在までの経歴を調査しました。

少年時代から持っていた志や眼差しは非常に鋭く、現在も変わらないものを感じます。

最後までご覧いただきありがとうございました!